『ワンパンマン』を哲学する②:『ワンパンマン』が成功した他のヒーロー漫画との差別化
さて今回も引き続き、『ワンパンマン』について解析、哲学していきたい。
前回サイタマというヒーローは、日本的ヒーローから大きくかけ離れているという議論を展開した。これだけでも充分『ワンパンマン』が他のヒーロー漫画との差別化に成功しているわけだが、さらに今回はサイタマのパーソナリティとワンパンマンの物語の展開について深掘りをしていく。
やはりサイタマという主人公こそがワンパンマンにおける重要な差別化要素であり、われわれがワンパンマンに魅了される理由なのだ。
『ワンパンマン』はなぜ人気なのか?
今回の問いはこちら。実にシンプルな問いではあるが、ワンパンで敵を倒すからといった浅はかな答えを挙げたくない。他のヒーロー漫画との差別化に成功している要因を大きく3つに分けて論じていきたい。
1.サイタマの容姿
まずはこれにつきる。この要素がなかったとしても人気はでていたと思うが、爆発的ヒットに拍車を掛けた大きな要因はこの要素だといえる。改めてサイタマの容姿を確認してみよう。
これだけ見ればかなり普通だ。
パーカーのoppaiが一番目立つくらい普通である。
しかし、このサイタマがハゲているということがヒーロー漫画の差別化における最重要要素なのだ。
サイタマは全国のハゲている方々の大きな希望であるのだ。ハゲていても強ければ、体が引き締まっていれば、魅力的な存在なのだと。
サイタマの存在はそういった方々に勇気を与えるに違いない。
私はいささか大げさなことを言っているだろうか。きっと多くの読者が頷いていることだろう。しかしここで考えてほしい。ハゲている主人公がどれほど貴重なのか。ここで視野を広くして、試しにジャンプの漫画の主人公達を見てみよう。
如何だろうか。
この中にサイタマがいれば、確実に浮く。なお両さんはギャグ漫画なので例外とする。主人公がイケメンor美女というのはジャンプの企業戦略でもあるとは思うが、最近ではジャンプ以外のギャグ漫画でも容姿端麗な主人公が多い傾向にある気がする。
他の出版社の主人公達にも目を向けてみたが、やはり美男・美女が目立ち、ハゲた主人公は見当たらなかった。
どこかにハゲている主人公はいないかと必死に探してみたが、ついには見つからなかった。バスケ漫画の頂点のスラムダンクの「桜木花道」もハゲというよりは、坊主だ。確かにハゲているキャラクターは漫画界には大勢いるが、主人公がハゲとなると滅多に存在しないのだ。
ハゲなのに強くてカッコイイ。
こうしたギャップこそがワンパンマンの大きな魅力だ。主人公がハゲという強烈すぎるインパクトが他のヒーロー漫画との差別化要素の一つなのだ。
2.身近なヒーロー・サイタマ
二つ目の差別化要素は、サイタマがかなり身近なヒーローだということだ。一般的なヒーローは戦うことが本業であることがほとんどだ。戦うことがメインなので、彼らのプライベートは謎に包まれていることが多い。もちろん彼らも人間であるので、食事をしたり、風呂に入ったり、睡眠をとったりはするのだろうが、そういった一般人の日常と変わらない場面はカットされている事が多い。
従来のあるべきヒーロー漫画像として求められていたのが、われわれから遠い別世界的な存在であることだからだ。それはもちろん漫画の世界観を守るためでもあるだろう。
だってみなさん悟空やナルト普通に家に帰って、「うおーーーチリトマうめえええ」とか言いながらカップラーメン食ってたら嫌ですよね。私も嫌です。やはりヒーロー漫画にはヒーローのプライベートは公開してはいけないというタブーがあるのだ。
それに対してワンパンマンは、物語の舞台こそ日本ではないのだが、街並みや雰囲気がかなり日本に近い。それゆえヒーローのプライベートが公開されたとしても世界観が崩れたりしないのだ。
むしろサイタマというヒーローのプライベートを公開することがこの漫画の魅力の一つとなっている。それではサイタマの惜しみなく描かれているプライベートに着目してみよう。
(1) サイタマの住居
サイタマの自宅である。これが最強のヒーローだと誰が想像できるだろうか。一人暮らしをする仕事終わりのサラリーマンにしか見えないだろう。
机の上には夕食で食べたとされる納豆パックのゴミや醤油ボトルなどが散乱しており、一人暮らし感がものすごくでている。
何より特筆すべき点はこの食後のダラダラ感である。ご飯を食べたら眠くなるのが人間の性であるが、サイタマは見事にそれをやってのけてくれている。おまけに食後すぐに食器を片さないあたりも実に一般人らしくてよい。
そして、この部屋はなんと1Kである。
この点も実に他の漫画のヒーローとの差別化を図れている点だ。ヒーローと言えば豪邸に住んでいるか、その主人公らしさがでた個性的な家に住んでいたりするものだが、サイタマは1Kマンションなのだ。
どんな敵でもワンパンチで倒すスーパーヒーローが1Kマンションに住むなんていさいさかシュールすぎやしないだろうか。
ONE先生はスーパーヒーロー・サイタマを1Kマンションに住まわせることで一般人に仕立て上げるのだ。
(2) サイタマの生活
先程と似たような内容になるが、住居だけでなく生活も一般人と変わりのないサイタマ。いくつか例を見てみよう。
① ゴミの分別を守るサイタマ
友人のS級ヒーローキングにペットボトルのゴミを持って行くように頼むサイタマ。ペットボトルのゴミの日に、しっかりとペットボトルを出すことからしっかり街の規律に従っていることが分かる。
② 好きな食べ物は「うどん」
弟子のジェノスの修行の際の場面。
早々と勝負をつけて終わらせると、飯を食いに行こうとジェノスを誘う。
食べに行くのはなんとうどん。
これもなかなか最強のヒーローらしくない。
③ 財布をなくしてショックを受けるサイタマ
これは決しておまけ編や番外編ではない。ワンパンマン本編である。この深刻な表情に注目してほしい。財布を落とすことはわれわれ一般人にとっては確かに悲しいことだ。しかし、彼はスーパーヒーローではないのか?財布を落としたくらいでそんな悲しむ必要はあるのか?
しかもその額 6000円。
ヒーローランクが上がってもお金の大切さを忘れないサイタマにはわれわれ一般人に似ている部分があるといえる。
以上サイタマの容姿と生活について分析してきたが、彼はワンパンチでどんな敵も倒せるという点以外はまさに一般人そのものなのだ。
ヒーローとは本来われわれの手の届かない遠いところにいるものだが、サイタマはわれわれの生活からさほど離れていないのだ。
自分のとなりにいてくれているような親近感を覚えるのは私だけでないはずだ。ゆえにサイタマは身近なヒーローと言えるだろう。これもワンパンマンならではの差別化要素の一つだ。
3.他のヒーロー達がサイタマの到着まで耐えるというバトルの展開
ワンパンマンの最後の差別化要素は、バトルの展開だ。ドラゴンボールやナルトは、誰かが駆けつけて相手を倒すというよりは、相手に苦戦しながらも並外れた集中力や精神力で粘り続け、連携技や修行してきた新技など最後はちょっとした工夫で相手にとどめをさすのが一般的なバトル展開だ。
それに対しワンパンマンはどうか。サイタマという最強のヒーローがいながら、なぜドキドキハラハラな展開を作り出すことが可能なのか。
単純な事かもしれないが、そこには、「ヒーローは遅れてやってくる」というワンパンマンの概念がある。サイタマの到着まで、他のヒーロー達が必死に戦い続けるのだ。では実際に戦いに着目してみよう。
深海王戦
ワンパンマンでは、深海王という災害レベル鬼*1の強敵が出現したことがある。(※少しネタバレします。読んだことない人は注意)。
深海王はA級ヒーローのスティンガーとイナズマックスをいとも簡単に倒す。
深海王がイナズマックスにとどめをさそうとしたとき、S級ヒーローのぷりぷりプリズナーが登場。
かなりキャラが濃い。
最初は深海王と互角の勝負をするも、徐々に実力差がではじめ、やや押され気味といった印象。
ぷりぷりプリズナーはついに変身し、自慢のパワーとスピードで連打を繰り出すが、本気になった深海王に負けを喫する。
その戦いを横で観戦していた音速のソニックも深海王に、自慢のスピードを武器に深海王を翻弄する。
しかし、雨が降り始めると自然の力で深海王のパワーとスピードが徐々に上がり、力の差が出始め、あえなく敗走。
そんな中サイタマは走り回って深海王を探していたが、なかなか手がかりがなく、途方に暮れていた。
サイタマよりも早くジェノスが深海王の居場所を突き止め、激戦を繰り広げる。
マシンガンブローや焼却という得意技で、あと少しの所まで追い詰めるも、深海王の不意打ちに重いダメージを負い、為す術なし。
もうヒーローがいないという絶望的な状況にC級ヒーローの無免ライダーが駆けつけるが力の差は歴然。
一般市民もあきらめムードに入り始めたときに、、、
サイタマ登場。
もちろん結果は言うまでもない。
ここまで示してきたようにワンパンマンはサイタマの登場のみにスポットライトを当てた作品ではない。
他のヒーロー達の戦い、心情、葛藤をしっかり描いてるからこそドキドキハラハラの展開を作り出すことが可能なのだ。
現にこの深海王戦は、多くのヒーロー達が抵抗し、必死に市民を守り続けた。
そのため「早くサイタマ来い!!!!」といったハラハラ感を味わうことが出来るのだ。
S級ヒーローでもかなわない強敵がいると筆者もかなりハラハラする。
ワンパンマンはサイタマの到着を待つというニュータイプのバトル展開なのだ。
4.まとめ
以上三点にわたって、『ワンパンマン』はなぜ人気なのかを探究した。とりわけ『ワンパンマン』が成功した他のヒーロー漫画との差別化要素を解析することで、その答えに近づけたかと思われる。繰り返すが、ワンパンマンなぜ人気なのか?という問いに対して、一言で答えるならば「サイタマが一般人だから」だ。
決してワンパンチで敵を倒すからではない。われわれは一般人のサイタマがワンパンマンで敵を倒すというギャップを楽しんでいるのだ。
一つはサイタマの容姿がハゲである必要があったこと。
二つ目はサイタマという主人公が身近な存在だということ。
三つ目は他のヒーロー達がサイタマの到着まで耐えるというニュータイプなバトル展開だということ。
これらのONE先生のワンパンマンの差別化戦略はマーケティングとしても非常に優秀だと思われる。大学の経営学科のマーケティングの授業でも扱えるコンテンツではないだろうか。
純粋に漫画を楽しむついでに、こういった視点でも漫画を読めると一石二鳥だろう。
sakky
*1:怪人の危険度を表したもの。狼・虎・鬼・龍・神の順に危険度が大きい。ヒーロー協会が決定する。