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『ワンパンマン』を哲学する①:ニュータイプのヒーロー・サイタマ

あなたは『ワンパンマン*1を知っているか?

決して『アンパンマン』ではない。『ONE PUNCH MAN』だ。

簡単に説明しよう。『ワンパンマン』の世界は極めてシンプルだ。人間を襲う怪人という悪が存在し、そしてその怪人達から街を守るヒーロー協会という組織がある。

正義と悪という一般的なヒーローものの構図となんら変わりはない。

主人公であるサイタマはどんな悪であろうと文字通りワンパンチでKOしてしまう最強のヒーローだ。ゆえにワンパンマンなのだ。

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もしかしたらサイタマがやっていること自体は、正義の名の下に悪に鉄拳を振りかざすアンパンマンと何ら変わりはないかもしれない。ただ今まで描かれてきた日本のヒーロー漫画とは、明らかに展開もヒーロー的性格も大きく異なる。しかし従来のヒーロー漫画のように派手なアクションや思わず笑ってしまうようなシュールなギャグが仕掛けられているため、飽きずに読み進めることが出来る。

無論、私も初めて読んでいるうちは、純粋にバトル漫画として『ワンパンマン』を楽しんでいた。

 

しかし、私のワンパンマンの楽しみ方は実に陳腐で浅はかであったのだ。

ワンパンマン』をただのバトル漫画なんて言わせない。

これは「ヒーローと何か」「働くとは何か」「最強とは何か」「正義と悪とは何か」など様々な観点から人間について再考するヒーロー哲学漫画だ!

とまあ、なんと大げさなことを言っているのかと思っている読者もいることだろう。

そんな方のためにこれから数回に分けて『ワンパンマン』を解析、そして哲学していく。そしてあなたが『ワンパンマン』を違った角度から楽しむことができれば、幸いだ。

 

ヒーローとは何か?

今回の問いはこちら。まずヒーローとはどういう存在なのかという問いを立てる。

次に従来のヒーロー漫画などを振り返りながら日本のヒーローにはどんな特徴があるのかを探っていき、最後にワンパンマンのヒーロー・サイタマが日本タイプのヒーローとどれだけ異なっているのか、今までにないタイプの異質なヒーローなのかを一緒に考えていこう。

1.ヒーローの定義

ヒーローという単語を聞いて、あなたはどんなイメージを思い浮かべるだろうか。おそらく一般市民や仲間がピンチのときに駆けつけ、得意のキックやパンチ、または鍛え上げた必殺技の名前を叫びながら悪を成敗する。また服装はどうだろうか。かっこいい戦闘スーツやマントを着こなし、変身ベルトなどを装備した戦隊系ヒーローもイメージできる。Wikipediaはつぎのように定義している。

ヒーローとは、英雄のことと、神話や物語などの男性の主人公のこと。ヒーローの多くは、普通の人を超える力・知識・技術を持ち、それらを用いて一般社会にとって有益とされる行為、いわゆる救世主としての行為を行う多くの物語では、これを阻止しようとする悪役・敵役が共演することになる。

確かにわれわれのイメージと何ら変わりはない。『ワンパンマン』のヒーロー・サイタマも普通の人を超える力、技術を持ち、怪人という悪をワンパンで倒し一般社会にとって有益とされる行為をしている。サイタマも立派なヒーローと言って良いだろう。ではこの定義に従って日本における人気漫画の主人公やヒーロー戦隊の特徴を成長性・組織性という観点から考えてみよう。

 

 

2.日本の代表的なヒーロー

孫悟空 (ドラゴンボール)

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鳥山明先生が描いた全42巻の人気漫画『ドラゴンボール』の主人公。フリーザやセル、ブウといった強敵に立ち向かい、仲間と切磋琢磨し合い、協力し合い幾度となく地球を救う。元々サイヤ人という戦闘民族で戦いの才はあったが、強敵が出現するたびに厳しい修行を乗り越え、成長し続けてきた

ヒーロー漫画の王道でもあるドラゴンボールの見ていて熱くなるのは、立ちはだかっていた敵が味方になって共闘するという点である。*2これはどのヒーロー漫画にも言えることであるが、やはり敵が味方になるという現象は最高に熱くなる。

ただドラゴンボールワンパンマンのようにヒーロー協会というヒーロー達を管轄するような組織はなく、強いもの達が集まりいつしか地球を守る仲間、組織へと変化していった作品と言えるだろう。

 

うずまきナルト (NARUTO)

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岸本斉史先生が描いた全70巻の人気漫画『NARUTO』の主人公。筆者が大学生だった頃、フランス人の教授が言っていたが、フランスではワンピースよりNARUTOのほうが人気だそうだ。彼らからすれば「海賊」は馴染みがあり、海賊をテーマにした映画も多いが、「忍者」は日本特有の文化のため非常に新鮮であり、忍者について知りたくてNARUTOを読み始めるという人も少なくないだとか。

話を戻すが、NARUTOは忍者の世界である。ナルトも悟空のように、カカシや自来也といった師から教えを受け、成長し続ける

またナルトをはじめとする様々な忍者は里を守るために組織に属しており、里によって忍者が管轄されているのがわかる。里の危機を敵から幾度となく救っている点からもヒーロー要素があると言って良いだろう。

 

ヒーロー戦隊 (秘密戦隊ゴレンジャー)

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秘密戦隊ゴレンジャー*3』というヒーロー戦隊をご存じだろうか。今からもう40年前にもなる昔のヒーローアニメだが、5人組、5色、登場シーンの決めゼリフなどのベースをつくった現在のヒーロー戦隊の原点と言っても過言ではないだろう。

つまりゴレンジャーを知れば、日本のヒーロー戦隊の概要について理解できるのだ。

ドラゴンボールNARUTOのように、戦いを経るごとにメンバーも成長していく。そして何よりこの5人のヒーローの所属先が興味深い。以下Wikipediaの引用をご覧になって頂きたい。

国連が設立した国際秘密防衛機構イーグルの、日本ブロック関東支部に属する特別部隊。

日本ブロックを狙った黒十字軍の襲撃で壊滅した各地支部の生き残り隊員が集められ、総司令官である江戸川権八の指揮の下でレンジャー訓練を施されて、地球の平和を守るため黒十字軍と戦う特殊部隊に編成された。

なんとゴレンジャーは国が管轄する防衛組織に属していたのだ。

もちろんメンバーが個人で戦うこともあるが、特撮ヒーロー番組は多くの子どもたちが最初のテレビ体験として視聴するため、教育的な内容に終始する。

どういうことかというと、最後に敵を倒すときは連携プレーを見せ集団行動の大切さを教えたり、悪は必ず負けることから幼い頃から正義感を身につけさせたりなどと、実に良い意味でも悪い意味でも、教育的な内容なのである。

と少々脱線したところで話をまとめよう。

ドラゴンボールNARUTO、ゴレンジャーを始めとし、組織的であることは日本のヒーローにおいて重要な要素なのだ。

 

日本のステレオタイプなヒーローのまとめ

それではこれまで紹介した日本の代表的なヒーロー達の共通点を大きく三つにまとめてみよう。私は次の三点を日本のヒーローの特徴として挙げたい。

 

 ①戦いを経るごとに成長していく点 

 

 ②ギリギリの展開で新しい技や共闘で勝利することが多い点

 

 ③組織に属しているという点

 

これらを三点を踏まえた上で、『ワンパンマン』のサイタマがいかに今までのヒーローの常識を覆す異質なヒーローなのかを解析していきたい。

 

 

3.日本のヒーロー概念をぶち壊す『ワンパンマン』主人公サイタマ

結論から述べてしまおう。サイタマは先ほど論じた日本のヒーローの特徴三点のうち一つも満たしてはいない。

厳密に言うと③の組織に属している点については、ヒーロー協会に属しているので満たしてはいるのだが、他のヒーローと共闘したり、集団行動をとったり、ヒーロー協会のルールや規律には従わないことが多いので、実質的に組織に属してはいないことにする。この点でサイタマは非常にアメリカタイプのヒーロー(別記事で書きます)だといえる。それでは先程の三点とサイタマ先生を照らし合わせていきたい。

 

(1) 戦いを経るごとに成長していく点

→成長は見られない。厳密に言うとサイタマ自身が成長を実感することが出来ない。

 

なんとまあ悲しきことか。たしかに全ての敵をワンパンチで倒せるのだから自分の成長を確認できないのも無理もない。最強っていうのも実に悩ましい問題だ。

われわれ人間が「努力」を継続できる理由の一つとして、「成長を実感できる」ことが挙げられるだろう。今まで出来なかったことが出来るようになったとき。それは努力が報われる瞬間でもあるだろう。その瞬間がないサイタマは努力しても心が満たされない日々を送ってるに違いない。

 

どんな敵でもワンパンで片付いてしまう退屈な日々にサイタマは人間として必要な喜怒哀楽という感情が徐々に薄れていく。

そこでサイタマは新しい戦い方を模索するために、一流の武術家が集う大会「スーパーファイト」に参加することにした。強い武術家と戦えることを期待していたサイタマであったが、結局1回戦も2回戦も、ワンパンで決着が着いてしまう。トーナメント決勝では、今大会ナンバーワンの呼び声の高いスイリュウと対戦するが、サイタマの一方的な展開で終わってしまう。

そんな中サイタマは今回の大会を振り返る。

                                            

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「何も得るものが無かった」

このサイタマの孤独な背中をみて私はウルッときてしまった。この場面が私にとってかなり印象的だったのは、他のアニメで成長しないヒーローを見たことがなかったからかもしれない。成長が実感できないということは、これほど辛いことなのだろうか。

最強に慣れてしまったサイタマならではの悩みということは確かだ。

 

 

(2) ギリギリの展開で新しい技や共闘で勝利することが多い点

→ギリギリの展開はない。ワンパンでやつけるか、余裕を持ちながら戦う。

 

多くの漫画では、主人公は苦戦しながら劇的な展開で勝利する。ドラゴンボールでは、フリーザ戦の際、悟空の親友クリリンが殺されたときにスーパーサイヤ人2になり劇的勝利。セル戦では悟空の息子と悟空との「親子かめはめ波」でなんとか勝利。このように人気の漫画は実にドキドキ・ハラハラな展開で劇的勝利を飾る事が多い。

 

ではワンパンマンでは、そういったドキドキハラハラな展開にならないのかと言われればそうでもない。他のヒーローがドキドキハラハラな展開をつくってくれるからだ。

ただサイタマはいつも後悔している。

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彼自身も劇的な展開を望んでいるのだ。

敵を倒して後悔するヒーローなど少なくとも私は人生で見たことがない。

 

 

(3) 組織に属しているという点

→ ヒーロー協会には属しているが、単独行動が多く実質的には属していない。

先程紹介したとおり、日本の多くのヒーローが組織に属している。今でこそサイタマはヒーロー協会に属しているが、ヒーロー協会に入る前は趣味としてヒーロー活動をしていた。

知名度向上のため弟子のジェノスと共にヒーロー協会に入るが、特に今までの活動とは変わらず、ただ淡々と怪人をやつけるのであった。さらに組織として重要な協調性や人の話を聞く能力も大きく欠けているため、1人で行動することが多い。

             

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組織に属し、上の役職の者をリスペクトし、指示に従うという日本のヒーロー的性格から外れたサイタマは異質なヒーローだと言えるだろう。

 

 

まとめ

以上「ヒーローとは何か」という問いを立て、論述してきた。ヒーローの定義から始まり、日本のヒーローの特徴を分析し、①戦いを経るごとに成長していく点 ②ギリギリの展開で新しい技や共闘で勝利することが多い点 ③組織に属しているという点に大きく三つに分けた。

今までのヒーロー漫画の常識を覆した『ワンパンマン』のサイタマはいずれの三つどれにも当てはまらなかった。サイタマは日本的ヒーローとは大きく異なっていることが分かっていただければ幸いだ。

だからこそニュータイプのヒーロー漫画であるワンパンマンにわれわれは魅了されるのだろう。ステレオタイプのヒーロー漫画に飽き飽きしていた人にこそ、ワンパンマンはおすすめである。

次回からも様々なテーマからワンパンマンを解析し哲学していこう。

*1:アイシールドの作者として有名な村田雄介が描くギャグアクション漫画。累計発行部数1850万部(2019年5月時)を超える大人気漫画でその人気は今や海外にも及ぶ。元々はONE先生がweb漫画で『ワンパンマン』を連載し始め、そのファンであった村田雄介がONE先生に共同制作の話を持ちかけるということで、となりのヤングジャンプで連載が始まった(現在19巻)。ONE先生もweb漫画で連載中であり、村田雄介先生もとなりのヤングジャンプで連載中だ。ONE版と村田版で少々ストーリーやキャラが異なっており、どちらにも違った魅力がある。

*2:天津飯、ピッコロ、ベジータ

*3:1975年(昭和50年)から1977年(昭和52年)までNET(現・テレビ朝日)系列で毎週土曜19:30 - 20:00に全84話が放送された特撮ヒーローアニメだ。変身ヒーロー作品に「戦隊」という要素を取り入れたうえ、ヒーロー5人が最初から登場するという要素が子供たちの大きな人気を集め、結果的に最高視聴率は22%、放映話数も全84話という記録を打ち立てた。